SOUPMEMO

制作過程においてのメモを掲載します。

アタマの中の整理のために、

一人で喋り録音したものを文字起こししたものです。

タイトルのSOUP、なんでSOUPにしたかというと、ひとつ自分の中で大きな体験だったと思うのは、去年の6月にスペインのマドリードにダンスのレジデンス滞在に行かせてもらったのですが、そのマドリードで10日間滞在して作品を作りスタジオでお客さんを入れてパフォーマンスをして、その後自腹でスペインをぐるっと、まぁフラフラしていたんです20日間ぐらい。なので計まるまる1ヶ月あっちにいたんですけど、一人で知らない土地をずーっとふらふらしていたんです。その時に、海外に行くと日常から離れるからか結構感じやすいことな気もしてるんですけど、どんどんカラダも気持ちも開放的に、楽になっていったんです、そうなるまでも結構時間がかかったんですけど。マドリードからバルセロナに行ってバレンシアによって、南に降りていくんですね。で、南のアンダルシア地方、グラナダ・セビーリャ・コルドバ、あと途中ちっちゃい街にも寄ったりしました。でコルドバにいた時に、だから旅は結構最後の方になるんですけど、去年ヨーロッパ異常気象でものすごく暑かったんです。それでもすごく歩き回っていて、それで疲れてもきてたんですね。もういっぱい見て回っていたし、そんなに観光したいみたいな焦りもなくて、でふらふらと街を歩いて疲れたらホテルに戻ったり、また涼しくなった夕方頃に外に出たりとしてたんです。

それで、コルドバはすごく好きな街だったんですけど、グアダルキビール川って大きな川が流れていて、そこの川沿いの道にあったベンチに座って、午前中だったかな、ボーとしてたんです。世界遺産になっているモスクのメスキータが川の向こうにあって、それを見ながらボーとしてたときに、向こうのほうから風が吹いてきて、風が気持ちいいなと思ったのとお腹すいたなあという感覚が、同じラインにあった。同じー、、、なんだろそこの二つの感覚に、外側と内側という隔たりがなかったんです。それにすごく感動して、、これすごく難しいんですけど言葉にするの。難しいんですけどそれにすごく感動した。結構それまで、なんだろうそういう感覚がなかった。内側と外側が別だった。だからその時、風が気持ちいいことをお腹が空くみたいな自分の内的体感として感じられたとも思ったし、お腹が空いたというのが自分のすごく、、えっと自分の個人的な狭いことじゃなくてもっとなんだか広がっているもののように感じた。なんだかそれがすごく、良かったんです。やっとこういう感覚を得られたと思ったんですその時。もうこの感覚は日本に帰ってもこれからもこの感覚を忘れないようにしようとその時すごく思ったんです。なかなか難しいんですけど。頭では忘れないようにしてるけど。その感覚を持つ、その状態でいるってことが難しいなーって思います。

ってことが一つ。

 

もう一つは、covid-19、コロナの影響ですごく通年とは全く異なる状態にいるんですけど、改めて、この目に見えないものが蔓延っていて、空気をシェアしているんだなって思ったんです。飛沫感染と言われてますが。でも飛沫なんて、人の飛沫に関してそこまで意識してなかったんです。こっち向いてくしゃみされたら嫌だけど、でもそんなに人の飛沫とか…こんなにも人って混ざり合って生きてるんだなってのは今すごく思ってます。自分が生活するってことにこんなにも他者が関係している。もちろん一人で生きていないのはわかってるけど、意識もしていないような人たちがじぶんの生きることにこんなにゼロ地点で関わっている。すーっごく混ざり合って生きているんだな人間って、って体感している。人間だけじゃない、全て混ざり合って生きているってこと、すごく今思ってます。

この二つが大きいです。

 

混ざり合って生きているどうしようもなく混ざり合って生きているということを身をもって体験している。

 

なんかそのことが結構大きく感じていることだったのでこれをやりたいと思って、でSOUPというタイトルをつけたんです。でSOUPというタイトル、これは本を読んでいて思いついたんですけど、けっこう自粛期間に本を読んでいて、私植物が好きなのでよく植物関係の本読むんですけど、2月くらいかな、もうちょっと前かも、「植物の生の哲学」っていう本を読んでたんです。それがすごく楽しくて、そこに書いてあったことに影響されている。植物が陸に上がって空気を作ったから生命が陸に上がってきた。ということが書いてあった。海は生命の根元です。生命のスープと言われたりもしますが、植物が陸に上がったことで空気が生まれて、植物が陸も生命のスープにした。といったことが書いてあったんです。

陸も生命のスープ、空気をシェアして生きている。もうどうしようもなく混ざり合っている。陸にあるもの全て混ざり合っていて、空気も植物の、他者の生命活動の副産物であって、だから私たちは呼吸ですら他の生命に依存している。呼吸って生きる最初の絶対に外せない活動だけど、その第一歩から他者に依存している。もうどうしようもなく混ざり合っているんだなぁ、その感覚。。

 

コルドバのは世界を自身の内部に受け入れたい感覚、現状のはどうしたって自分のなかに世界が入ってくるどうしようもなさ、混ざりたいし混ざることが怖くもある。

​2020.8.18

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