柿をもらう。


目の前でもいで渡してくれた柿には小さな蟻が沢山のっかっていた、庭のホースから勢いの良い水で流れてもらう。

もらった柿をニットのカーディガンのポケットに入れて電車に乗る。重みの分だけニットが伸びて、からだに伝わる。柿をポケットに入れて、ギャラリーでのパフォーマンスを観に行く。カラダはとても豊かで、なんでか切なくて、客席ではない同じ空間にいるのが心地よかった。スペインのタブラオを思い出す。


柿をポケットに入れたまま家へと帰る。まだ硬い柿をポケットの上から触ってみる。ひんやりとしているのが熱いニット越しに伝わってくる。とんがったヘタが温まった私の手に刺さった。



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2021年1月8日

稽古に使っていた公共施設が緊急事態宣言の影響で20時までしか使えなくなってしまった。(使える時間は半分になっても値段はそのままらしい。) 夜に稽古予定だったのでだいぶきつい。 家の稽古は出来るだろうか。。 逆境の中で「負けない」モードになると硬く頑なになるので、柔らかく柔らかく、すり抜けるように本番を迎えたい。脱力して抜け出す護身術を思い浮かべる。

感情と踊り

悲しかったり怒りだったりがある時のダンスの体験は、救いのようなものがある。 それが表現として良いか悪いかは置いておいて、先日の本番には自分がずいぶん救われた。抜け出せなかった日常の苦しみから吹っ飛ばされるように別次元へいった。清々しく突き抜けた。 本当に辛かった頃に救われた経験があるから、こうしてダンスを続けているんだよなぁと振り返る。そうしたネガティブな感情で自分自身が踊ることをしばらく否定して

記憶が浮かんで足が痛くなったり、足が痛くなって記憶が蘇ったりしてる。 記憶にのまれるとしんどいので、痛みと思考を観察する。

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