暗渠

今月の中頃に、引っ越しをした。

都内での移動なのでそんなに遠くには移動していないけれど、部屋は少し広くなった。

引越し先の近くは暗渠の道がある。

細くうねり曲がり続く道を歩くと道を歩くというより流れている気分になる。

家の周りは入り組んだややこしい住宅路で、まだ道が覚えられないためその暗渠の道に出られると安心する。あとは身を委して流れていれば暗渠はちゃんと家へと運んでくれる。

暗渠の道沿いにある家はなんとなくのびのびしている。

敷地内から大きくはみ出した大量の園芸植物たちが並ぶ家、空へひょろひょろと伸びているひまわり(もうすぐ冬なのに花が咲いている)、部屋の中の広々としたリビングとそこにある大きなテレビが道から覗けてしまう家(おしゃれな外見だけど暗渠から丸見えなその家は少し間抜けで所帯染みている)、、、

この住宅街はなんとなく、人の我を感じるところが好きだ。

我が外へはみ出している。そしてそれも暗渠の川に流れていく。

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2021年1月8日

稽古に使っていた公共施設が緊急事態宣言の影響で20時までしか使えなくなってしまった。(使える時間は半分になっても値段はそのままらしい。) 夜に稽古予定だったのでだいぶきつい。 家の稽古は出来るだろうか。。 逆境の中で「負けない」モードになると硬く頑なになるので、柔らかく柔らかく、すり抜けるように本番を迎えたい。脱力して抜け出す護身術を思い浮かべる。

感情と踊り

悲しかったり怒りだったりがある時のダンスの体験は、救いのようなものがある。 それが表現として良いか悪いかは置いておいて、先日の本番には自分がずいぶん救われた。抜け出せなかった日常の苦しみから吹っ飛ばされるように別次元へいった。清々しく突き抜けた。 本当に辛かった頃に救われた経験があるから、こうしてダンスを続けているんだよなぁと振り返る。そうしたネガティブな感情で自分自身が踊ることをしばらく否定して

記憶が浮かんで足が痛くなったり、足が痛くなって記憶が蘇ったりしてる。 記憶にのまれるとしんどいので、痛みと思考を観察する。

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