稽古、振りを間違える

今月、5月25日の公演「いのちの海の声が聴こえる」稽古が本番に向かって詰まってきた。


先日稽古で振りを間違えた。流れを止めるような間違えではなかったから自分で上手いこと繋いで特に誰からも気づかれず突っ込まれなかったけれど、本番が一度限りだということを、その瞬間ひやっと感じた。間違えはそのまま作品になる。一度きりだから尚更、その一回が作品の全てになる。


今まで一度限りの本番の経験は何度もあるけれど、こんなに大きな作品が一度限りは諸行も無常だなぁと思う。


大切に踊りたい。


じりじりと本番が近づく。

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2021年1月8日

稽古に使っていた公共施設が緊急事態宣言の影響で20時までしか使えなくなってしまった。(使える時間は半分になっても値段はそのままらしい。) 夜に稽古予定だったのでだいぶきつい。 家の稽古は出来るだろうか。。 逆境の中で「負けない」モードになると硬く頑なになるので、柔らかく柔らかく、すり抜けるように本番を迎えたい。脱力して抜け出す護身術を思い浮かべる。

感情と踊り

悲しかったり怒りだったりがある時のダンスの体験は、救いのようなものがある。 それが表現として良いか悪いかは置いておいて、先日の本番には自分がずいぶん救われた。抜け出せなかった日常の苦しみから吹っ飛ばされるように別次元へいった。清々しく突き抜けた。 本当に辛かった頃に救われた経験があるから、こうしてダンスを続けているんだよなぁと振り返る。そうしたネガティブな感情で自分自身が踊ることをしばらく否定して

記憶が浮かんで足が痛くなったり、足が痛くなって記憶が蘇ったりしてる。 記憶にのまれるとしんどいので、痛みと思考を観察する。

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