感情と踊り

悲しかったり怒りだったりがある時のダンスの体験は、救いのようなものがある。 それが表現として良いか悪いかは置いておいて、先日の本番には自分がずいぶん救われた。抜け出せなかった日常の苦しみから吹っ飛ばされるように別次元へいった。清々しく突き抜けた。

本当に辛かった頃に救われた経験があるから、こうしてダンスを続けているんだよなぁと振り返る。そうしたネガティブな感情で自分自身が踊ることをしばらく否定していたのだけれど、なんというかそういったものを味方につけたり、受け入れていけたらいいのかもしれない。

マドリードで踊った時に観にきてくれたお客さんに「なぜ感情を出さないの?」と率直に聞かれたことを思い出す。

その時はカラダがニュートラルに見せたいといったことを言ったけれど、実際そういった作品はとても好きなんだけど。

感情は強い。切に生まれた動き、あのどうしようもなく溢れた感覚がまだ残っている。


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2021年1月8日

稽古に使っていた公共施設が緊急事態宣言の影響で20時までしか使えなくなってしまった。(使える時間は半分になっても値段はそのままらしい。) 夜に稽古予定だったのでだいぶきつい。 家の稽古は出来るだろうか。。 逆境の中で「負けない」モードになると硬く頑なになるので、柔らかく柔らかく、すり抜けるように本番を迎えたい。脱力して抜け出す護身術を思い浮かべる。

記憶が浮かんで足が痛くなったり、足が痛くなって記憶が蘇ったりしてる。 記憶にのまれるとしんどいので、痛みと思考を観察する。

痛みの記憶

右太ももの奥がずっと痛い。 物理的にどの程度の衝撃だったのか忘れてしまったが、精神的に辛い打撃だったので、この痛みがどこから来るものなのかと考えるとメンタルから来ている可能性があり自分の弱さに落ち込む。と同時にそういう痛みが胸やお腹に出るのではなく、足が覚えているのかと冷静に驚く。カラダの記憶って繊細で複雑だ。ただの打撃の残りかもしれないのでなんとも言えないけれども。 とにかくずっと右足が主張して

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